学習院輔仁会音楽部は1922年(大正11年)を創立年としている。その根拠として挙げられるのが1922年(大正11年)6月10日(土)に開催された第1回演奏会である。
なお、京極高鋭が後に学習院輔仁会音楽部 第11回合同演奏会 1967年(昭和42年)10年27日のパンフレットで言及する第1回の演奏会とは出演者やプログラム、学年に齟齬がある。どちらの演奏会についても、京極の記述以外にほとんど資料がないが、両演奏会について、現状では別個のものとして考えることとする。
また、音楽部成立以前の学習院の学生による音楽活動は、京極の実兄である加藤成之がいくつかの文章を残している。
第1回演奏会の概要
同年7月15日(土)に発行された『輔仁会雑誌 第117号』に演奏の報告が掲載されている。 以下、本文を引用しつつ一部改変し掲載する。
音楽部報告
曲目
1、唱歌
中1会員
故郷の廢家‥‥民謠
2.管絃樂
會員
3.ピアノ獨奏
中、一、加藤泰同
- ソナティネ‥‥クレメンティ作
4.唱歌
中、一、會員
- 漂流の船‥‥民謠
5.クラリネット二重奏
高、三、水谷川忠麿 高、三、三條實憲
- 「フィガロの結婚」中の二重唱‥‥モツァルト作
6.唱歌
中、一、會員
- ウォータールー‥‥山田先生作
休憩(十五分間)
7.ピアノ獨奏
中、一、加藤泰同
- ソナティネ‥‥クラー作
8.クラリネット獨奏
高、三、三條實憲
9.獨唱
高、三、加藤銳五
10.唱歌
中、一、會員
- 何處へ行く‥‥ベートオヴェン作
11.クラリネット獨奏
高、三、水谷川忠麿
- 「サドコ」の中の印度の歌‥‥リムスキー、コルサコフ作
- スパニッシュダンス‥‥モスコースキー作
12.合唱(管絃樂伴奏)
中、一、會員
- 雁の叫び‥‥露西亞民謠
13.管絃樂
會員
輔仁会雑誌第117号からの引用(演奏会の解説)
以上の曲目に依りまして、六月十日午後七時から本院圖書館で音樂部の第一回の演奏會を催しました。
當日は山田源一郎先生の御骨折で、度々中學一年級の有志の面白い唱歌が聞けました。
僕等は常に吾學習院の中學の唱歌が、唯一年級だけしか無いのを残念に思つて居ます。外の多くの中學の様に、隨意科として中學の上級まであつて欲しいと思ひます。とにかく唱歌は僕等の音樂趣味の第一歩です。又、中學一年の加藤泰同君のピアノも嬉しく聞きました。未だ始められてから間も無いこの事ですが見事でした。ピアノの性が大變よいから、ぢきに上達されるだらう云ふのが皆の批評でした。併し人の毀譽等にかまはず。今後眞面目に練習される事を望んで止みません。
水谷川、三條兩氏のクラリネツトは既に定評あるもの、此處に諜々する必要は無いでせう。
最後に當日の管絃樂に就て申さなければなりません。
昨年の春頃から、偶然三四人より合って始めた管絃の合奏がやうやく、オーケストラと銘打つ事が出來る樣になったのは、僕等にとつて非常な愉快な事です。殊に今回の發展に際し、先輩近衛秀麿氏が、非常にお忙しい間時を割つて、度々僕等を指導して下ださり、且當日指揮の勞を取られた事を心から感謝致します。
尙、演奏に際し、帝大のオーケストラの、塚本、市川、近衛直麿の諸氏が援助して下さつたため、拙い僕等の技術を非常に効果あらしめられた事、叉譜の整理に就いて少なからざるお骨折りを願つた川勝氏に末筆ながら深くお禮を申上げます。
紀念のため、左にオーケストラのメムバーを書いて報告を終ります。(加藤記)
オーケストラのメンバー
第一ヴァイオリン
- 第1ヴァイオリン
- 宇佐川正雄(1904年2月 – ?)
- 野村溫(生没年不明)
- 土井利正(詳細不明) – 土井利章(1906年1月28日 – 1988年1月27日)のことか。
- 市川(斉藤)武夫(生没年不明) – 第八高等学校卒業、東大オケ
- 第2ヴァイオリン
- 錦小路賴孝(1903年2月19日 – 1950年6月13日)
- 稻葉(本多)正弘 (1902年12月28日 – ?)
- 本多正震(1900年2月 – 1982年) – 1920年高等学科卒業、東大オケ
- ヴイオラ
- 加藤銳五(京極高鋭)(1900年12月15日 – 1974年12月7日)
- チェロ
- 佐藤健(1901年 – ?)
- 川勝安三郎(詳細不明)
- フルート
- 今岡賀雄(1900年6月 – 1944年3月14日) – 第五高等学校大学予科卒業、東大オケ
- オーボー
- 水谷川忠麿(1902年8月27日 – 1961年5月20日)
- クラリネツト
- 三條實憲(1902年10月29日 – 1924年5月1日)
- 瓜生勇(1903年3月- ?) – 海軍大将瓜生外吉の四男、母は東京音楽学校で教えた瓜生(永井)繁子。
- ホルン
- 近衛直麿(1900年8月30日 – 1932年7月22日) – 中等学科1年次 中退
- ハルモニウム
- 指揮者
- 近衛秀麿(1898年11月18日 – 1973年6月2日)
近衞3兄弟の共演
この演奏会はOBである近衞秀麿、近衞直麿に、当時高等科3年の水谷川忠麿が出演している。近衛家の音楽家が揃って演奏した貴重な演奏会であった。
学習院OB以外のメンバーについて
音楽部第1回演奏会には、学習院の現役学生以外に、多くのエキストラ奏者が参加している。彼らがどのような経緯で演奏会に関わったのかは定かではないが、下記の関係が推察される。
英国皇太子殿下歓迎学生大会
1922年4月18日(火) にウェールズ公エドワード8世(Wikipedia)来日に伴う英国皇太子殿下歓迎学生大会34が日比谷公園で開催され、その音楽班に、学習院から水谷川忠麿、三條實憲、宇佐川正雄が参加している。そこには帝国大学をはじめ多くの大学等の学生が参加していた。指揮は帝大の指揮者を務め、のちに輔仁会音楽部の指揮者に就任した瀬戸口藤吉。指導者として大塚淳や外山國彦、前坂重太郎らが参加したほか、帝大からの参加者としては、輔仁会音楽部第1回演奏会に参加した本多正震、市川武夫、近衛直麿、塚本赳夫、今岡賀雄の名前がある。歓迎学生大会を契機としたのかは不明であるが、少なくとも演奏会開催に対する影響はあったといえよう。なお、東大オケの名簿には音楽部創部100年後の2022年、創部100周年記念 第66回定期演奏会で指揮をした三石精一の父、三石巖の名前がある。
アマチュア・オーケストラル・ソサエティ
学習院関係の人物が中心となって活動していた音楽団体5。指揮は瀬戸口藤吉で、近衞秀麿が参加していた。近衞秀麿はこの他メオン・グルッペ(1917年(大正6年))創立という東大オケの前身の一つとなった団体にも所属していた。アマチュア・オーケストラル・ソサエティについては現時点で詳細が不明であるが、学習院と東大オケのつながりは音楽部が成立する以前からあったようである。
学年・年齢でみるオーケストラメンバー
第一回演奏会は、学習院輔仁会員である学生のを中心としながらも、学習院OBや東京帝国大学音楽部の学生等が名を連ねている。年齢が確認できるメンバーのうち最年長の塚本赳夫が1897年(年)生まれと、近衛秀麿と一年違いである。在籍年数の長い加藤鋭五は別として、高等科3年生である水谷川、三条、瓜生などは現代では大学生に相当する年齢である。
記載しているのは『輔仁会雑誌』第117号 音楽部報告に記載の出演者および第1回演奏会記念写真(学習院アーカイブズ)に写っている人物のうち、判明している人物の一覧である。
学年別部員・メンバー表
括弧[]で表記している者は、音楽部員もしくは関係者であるが、プログラムやオーケストラメンバーに記載がない者。括弧()内はおおよその年齢。
| 他校生・その他 | 市川武夫(23) | 今岡賀雄(21-22) | 塚本赳夫(25) | 川勝安三郎 | 山田源一郎(52) | |
| 学習院OB | 近衛秀麿(23) | 近衛直麿(21) | 本多正震(21-22) | |||
| 高等科 3年 | 加藤銳五(21) | 水谷川忠麿(19) | 三條實憲(19) | 佐藤健(20-21) | 瓜生勇(19) | [富永惣一](19) |
| 高等科 2年 | 錦小路賴孝(19) | 宇佐川正雄(18) | ||||
| 高等科 1年 | ||||||
| 中等科 5年 | 稻葉正弘(19) | 野村溫 | [島津忠承](19) | |||
| 中等科 4年 | [有坂愛彦](16) | [高辻威長](17) | ||||
| 中等科 3年 | 土井利章(16) | |||||
| 中等科 2年 | ||||||
| 中等科 1年 | 加藤泰同(12) |
招待はがき
演奏会を行うに際し、桜友会員(学習院OB)へ招待状が送付されている。そのうち管理人が入手した亀井茲常宛のハガキを紹介する。
此の春本院輔仁會に音樂部を設けま𛁈たが其第一回の演奏會を來六月十日(土曜日)午後七時より本院圖書館𛂌於て催す事に致しま𛁈た就き𛃄𛁅ては眞に技術に於きましても曲目に於き𛃄𛁅ても貧弱では御座いますが何卒万障御繰合せの上是非御耒會下さることを御願ひ致しま𛁑

参考文献
書籍・新聞・雑誌
- 英国皇太子殿下歓迎学生大会紀. 桜薔会編. 1922. 国立国会図書館デジタルコレクション. https://dl.ndl.go.jp/pid/937660 (参照 2025-08-21)
- 学習院輔仁会雑誌. 学習院輔仁会. 1922, no. 117., p.141-143
- 学習院輔仁会雑誌. 学習院輔仁会. 1922, no. 118., p.131-133
- 学習院一覧 大正12年度. 学習院. 1923. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/940246 (参照 2026-04-27)
- 現代音楽大観. 日本名鑑協会. 東京日日通信社編. 1927. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1173920 (参照 2026-04-27)
- 学習院史 開校五十年記念. 学習院. 秀英舎. 1928, 568p. 国立国会図書館デジタルコレクション. https://dl.ndl.go.jp/pid/1464150 (参照 2025-08-21)
- 近衛直麿追悼録. 室淳編. 1933. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1188681 (参照 2025-08-21)
- 華族会館編. 華族家庭録 昭和11年12月調. 華族会館. 1937. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1046816 (参照 2026-05-03)
- 昭和十七年七月音楽部座談会. 学習院編. 1942-07. (学習院アーカイブズ所蔵)
- 学習院輔仁会音楽部五十年史. 学習院輔仁会音楽部. 文洋社. 1973, 164p.
- 学習院百年史. 学習院百年史編纂委員会編. 第二編. 1980, 576p.
- 加藤耕義.音楽部の歴史と今(学習院輔仁会音楽部の歩み).学習院広報 第70号.2003-7-01, p. 34-35
- 古川隆久. 戦争と音楽 京極高鋭、動員と和解の昭和史. 中央公論新社. 2025. (中公選書156)
脚注
- 現代音楽大観. 日本名鑑協会. 東京日日通信社編. 1927. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1173920 (参照 2026-04-27) ↩︎
- 倉地鋭次, 榛葉勇吉編. 薬学備要. 学芸社. 1936. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1048602 (参照 2026-04-27) ↩︎
- 英国皇太子殿下歓迎学生大会紀. 桜薔会編. 1922. 国立国会図書館デジタルコレクション. https://dl.ndl.go.jp/pid/937660 (参照 2026-04-27) ↩︎
- デジタル版『渋沢栄一伝記資料』 第39巻(DK390001k). ウェブサイト (参照 2026-04-27) ↩︎
- 東京大学音楽部50年史. ウェブサイト (参照 2026-04-27) ↩︎

